時すでにアラサー

アラサーとは、和製英語の「around thirty」(アラウンド・サーティー)の略で、30歳前後の人のこと。

2006年頃に生まれた和製英語2005年11月に創刊した女性雑誌『GISELe』(ジゼル・主婦の友社)が具体的な年齢を出さずに年齢を伝えるために使い始めたのが始まりといわれ、正確に英語で伝える場合は“around the age of 30”となる。もともとは女性に対して使われていたが、その後男性に対しても使われるようになった。(アラサー - Wikipediaより一部抜粋)

周りを見ていると25〜28歳程度の人が自虐的に加齢をアピールするために使うシーンを多く見かけますね。29になると次はいよいよ30だ。。という覚悟のようなものが必要なのかアラサー自虐どころではなさそうです、知らんけども。30なったらむしろ一周回って楽になるイメージ。

 

学生時代はアラサーになる頃には立派な大人としてバリバリ仕事して自立して結婚もしたりしなかったりするのかなあとか、何の見込みもない妄想を繰り広げていましたが、現状そのようなビジョンは見えません。

 

○まず仕事がバリバリできておらん

なんかもう基礎知識が絶望的に足りんし(これは勉強あるのみ)、コミュ力の低さも相俟ってプレゼンがダメダメで自分の意見をスッと100%伝えられていない(これは致命的)。さらに会議でもほぼ沈黙(「沈黙は金」というが仕事中の沈黙は無価値だね)。

で、問題なのはこのダメダメポイントを自覚し改善対策として具体的なアクションを掲げたのはいいが、実行できていないこと。また、実行できてない理由を突き詰め対策の再検討までできていないこと。

元来の面倒くさがりに加え、(完璧すぎて実現困難な)アクション案を出して満足してしまった結果、行動が伴わない口だけ星人と化してしまった。

まずはすぐに実践できるアクション案を積み上げていくことを考えます。これは次回以降にまとめる。

 

○結婚のハードルの高さ

壇蜜さんが結婚に関して自分に刺さる発言をしていました。以下青文字引用。

私にとって「ちゃんと生きられる」の意味は、経済的・精神的に自立して生きられるということです。ひとりで生きられないから結婚するのではなく、自分ひとりでも生きられる自信がついたから誰かと一緒にいられるようになったわけで。

 

まずはひとりで生きられる自信をつけるところから始める必要あり。精神的な自立というは個人的には自分で自分の面倒を見れるということかな。

結婚は成熟してからだと逆にできなくなるという意見もありますが、自立できておらず自信が持てない人間が、自分の子を1人前に育てあげるのは困難だと感じています。なぜなら、自分の世話すらできない人間が、他人の世話をできるとは思えないからです。

したがって、この壇蜜さんの意見には肯定的です。

 

【8/17追記】

それじゃ自分はどうなのか。2つに分けて考えてみる。

・経済的自立
入社数年目、ひとりで生きるには十分だが、二人+子供と考えると厳しい
まだ定量的に考えられていないので、今後数字で出して判断する必要あり。

というわけであと回し。

・精神的自立

こちらの方が大きな問題。現状、とても自立できているとは言えない。
一番の問題は、自分の行動1つ1つにまだしっかりと自信を持てないことが多く誰かの意見に依存しがちであるということです。何か的確な表現がないかなと探し得られた表現が「評価軸が自分の中に無く、他人の中にある」です。

これも次回以降どこかでまとめる。ていうかここにありました。

next49.hatenadiary.jp

 

 

「これをしたら他人はどう思うだろうか」を出発点として思考をスタートしてしまいがちな私には心がぎゅっとなりました。思えば昔から、他人の目が気になる人間であり、自分がやりたいことについては深く考えなかったり二の次にして、親の期待に応えたい(おとなしくいい子でいる、学費が安い国立大に進学する)だとか友達によく思われたいという気持ちが強く、自分の心の声を蔑ろにする傾向がありました(もちろん自分の主張をすることはあったが、必要最低限だったし、主張に対する明確な根拠や理由は稚拙なものだった)。そんなこともあり、「お前はどう思うの?」という問いに明確に答えられず、曖昧な模範解答崩れみたいな答えしかできない人間でした。

 

大学でも、研究やレポートにおいて自分の主張というのを持てず(自信がないから、失敗を恐れているから)、あってもうまく説明できないことが多かったです。結果、レポートは友人のものを見せてもらって乗り切ったり(これは別の問題ともいえる)、研究では教授の指示に従うだけで、主体的に研究を進めることはほとんどできずじまいでした(そのため質疑応答でいつも苦労していたし、教授に怒られないかいつもびくついていた。教授の評価軸で行動していたから)。

 

ここまではまあ学生だししゃあないね、のような雰囲気があったので、自分も気には留めていたものの正面からは向き合いませんでした。

 

そして社会人になり、仕事に取り組むようになった上に、結婚を考えるパートナーを見つけたことで「評価軸の問題」が浮き彫りになりました。

 

他人の評価や物の考え方はあくまで「参考意見」。20代後半からのスタートは周回遅れだとは思うが、自分の評価軸を育てていきたいです。

 

今後はじゃあ具体的にどうやって「自分の評価軸」育てるかを考えていきます。